日本平和大会のはじまり(1986年)


 1986年11月8日から9日、東京・昭島市他で第1回目の「日米軍事同盟打破、基地撤去日本平和大会」が開催されました。レーガン政権、中曽根政権のもとでの闘いのさなかでした。大会は、「道理と展望あるたたかいめざして」をスローガンに結集して、実行委員会加盟は35団体、全国47都道府県すべてからの代表1,455名が参加しました。

 大会後の12月2日開催された実行委員会は、「86年日本平和大会の総括と今後の報告について」を発表。その中で「86年の日本平和大会を開催することを目的とした実行委員会は解散する」こと、次年度の大会実行委員会が組織されるまで、日本平和委員会を連絡団体とすることを確認しました。同時に、翌87年日本平和大会の開催を呼びかけました。以後、米軍基地が集中する県で、順番に開催されてきました。
 また、同文書では、「アメリカ、フィリピンの海外代表の参加をえたことで、平和大会は、軍事同盟打破、基地撤去、独立、民主主義をめざす闘いでの国際連帯の場ともなった」と総括をしました。

 2カ国から始まった国際連帯は大会の歴史と呼応しながら、今日までに20カ国・地域に広がりました。

 


日本平和大会の紹介


 1986年の横田から始まり、米軍基地が集中する県で、順番に開催されています。主催は各年の、「日米軍事同盟打破・基地撤去日本平和大会実行委員会」です。
 全国から、「平和の願い」をもちより、学び・交流・発見する2000人規模の全国集会です。全都道府県からの参加者とともに、アジア、アメリカ、ヨーロッパなど世界の平和運動の代表も参加する、国際交流・国際連帯の場です。
 また、基地被害から、住民のいのちとくらし、安全をまもるために、基地の縮小・撤去、基地被害の根絶、静かな街をとりもどそうと日夜努力を続けている住民と地方自治体からも参加します。

 日米安保条約では、米軍基地は全国どこにでもおくことができるようになっています。日本全土に134ヶ所の米軍基地(そのち自衛隊共用49)があります。このほかに、米軍用の24カ所の訓練空域、49カ所の訓練水域、8つの低空飛行訓練ルートなどがあります。
基地は住民密集地のど真ん中におかれ、住民に深刻な被害を与えています。日本にいる米軍基地の部隊は、ほとんどが海外に出動して他国を攻撃する部隊です。イラク攻撃には日本の基地からも飛び立つなど、日本の米軍基地は世界にむかっている大変に危険な存在です。

 軍事同盟も基地もない、憲法輝く非核・平和の日本をどうやってつくるのか、世界平和のために日本国民として何ができるのか?ご一緒に考えあいませんか。これが日本平和大会です。みなさまの参加をお待ちしています。

 


日本平和大会実行委員会の紹介


 その年の「日本平和大会」を企画し、成功させるために各年毎に、実行委員会は立ち上げられます。約50団体で組織されています。
実行委員会の中核になり、今年の実行委員会と来年の実行委員会をつないでいるのが事務局団体です。

 事務局団体は、全国労働組合総連合(全労連)、全国商工団体連合会(全商連)、全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)、新日本婦人の会(新婦人)、原水爆禁止日本協議会(日本原水協)、安保破棄中央実行委員会、日本平和委員会の7団体です。

事務局所在地
〒105-0014 東京都港区芝1-4-9 平和会館4F(日本平和委員会気付)
TEL03-3451-6377 
FAX03-3451-6277